リブラ舎の「あの世」のしごと

編集ライター・リブラ舎です。民俗学、UFO、占い…なんでも首をつっこみつつ、一歩ひいて観察するのが好きです。

民俗学と写真

 

f:id:libra-edit:20180103012631j:plain

近所の小さな図書館で、資料本を探しているとき、ふと目についたこちらの本。

宮本常一と写真』石川直樹・赤城耕一・畑中章宏・宮本常一平凡社

これが本当に素晴らしかった。

宮本常一と写真 (コロナ・ブックス)

 

民俗学と写真は、とても相性がいい。

相性がいいけれど、そこには矛盾が生じてしまう。

 

大学のゼミで何度も教わった。

フィールドワークは、現地の人々の日常、リアルを記録するもの。

しかし、「調査する」「調査される」という立場の違いが、

日常を日常でなくしてしまう。

写真も同じで、カメラを向けた途端、それは日常ではなく、写真を撮られるためのポーズになってしまう。

だから、「ほんとうの」民俗学者たちは、

何ヶ月もそこに滞在し、人々が慣れて、ほんとうの日常を送ってくれるまで待つのだと。

 

この本に載っている宮本先生の写真は、

どれも、人々がリラックスしているように見える。

レンズを見つめる子どもも、親戚のおじさんに向ける笑顔のよう。

調査する側、される側の枠を超えて、生々しい、人々の生活が感じられて

どれだけの時間でも、眺めていられる。

 

私が民俗学に興味があるのは、きっとこういうところなんだなと思う。

どんな芸術よりも、芸術的だと感じる。

それは、それらが芸術のためにつくられたものではないからだ。

 

少し前、宮本先生の『調査されるという迷惑』

調査されるという迷惑―フィールドに出る前に読んでおく本

調査されるという迷惑―フィールドに出る前に読んでおく本

 

を読んだところだったので、 そこに書かれている心構えが、こうして形になるのだと、再確認した感じ。

 

宮本常一と写真』では、写真も充実していたけれど、読み物・資料ページも充実していた。

畑中章宏さんがまとめた「写真と民俗学者たち」「日本民俗写真史」は、永久保存版だと思った。

 

雑誌『写真文化』1943年9月号での「民俗と写真」という企画で行われた座談会の記録。

柳田国男土門拳、濱谷浩、坂本万七、美術研究家の田中俊雄という豪華メンバーの座談会。

 

記者「写真技術は民俗学の資料収集のどういうところから手をつけたらいいか」

柳田「民俗学のマテリアルは「目で見るもの」「耳で聞くもの」「心の感覚で直接感ずるもの」の三つからなり、現在の民俗学は目に見える「有形文化」だけではなく、「無形文化」の材料も写真で撮ろうというところまでいっている」

「「言葉に言い表せないけれど、写真ではピンと頭に感ずるようなもの」がある(…)」

 

 

確かに、石川直樹さんの写真もそうだけど。

人の顔、建物の写真に、人が刻んできた時間、感情が、気配として宿っている。

そうだ、港千尋さんの『レヴィ=ストロースの庭』も写真が素晴らしかったな。

レヴィ=ストロースの庭

レヴィ=ストロースの庭

 

 

 読まねば、と思っているもの↓

明るい部屋―写真についての覚書

明るい部屋―写真についての覚書

 

 

図説 写真小史 (ちくま学芸文庫)

図説 写真小史 (ちくま学芸文庫)

 

本当は悲しい河童の正体

遠野ひとり旅に行ったとき、

思い切って飛び込んだBARで、マスターに

「河童の正体教えてあげようか」と言われて

はい。と答えたら

「昔は、障害を持った子を育てていく余裕なんてなかったんだよね。

だから、ダウン症の子が生まれたら捨てていたんだよ。それが河童の正体」

と。そう聞いて、ぞわっと鳥肌がたったような気がしたけど、

姨捨山に、老人を捨てる時代。

そういうこともあっただろうと、深く納得してしまった。

 

マスター曰く、

裕福な家に生まれた障害の子は、部屋に隔離されたと。

それが、座敷童なんだそうです。

座敷童がいたから裕福になったというのは、

もともと裕福で、自分の子を否定したくないがために

「うちは座敷童がいるから裕福になったんだ」と後付けしたのかもしれない。

 

最近、見かけたものだと

河童=グレイ説が興味深かった。

アメリカは歴史も浅く、国ができた時点で近代化していたから

妖怪的なものが育たなかった土壌といえるのか。

そう考えると、不可解なことを宇宙人のせいにするのも納得できる。

河童とグレイ、似ているし。

たぶん、チュパカブラも同じですよね。

 

かわいくキャラ化されていることも多い、河童の闇の深さ。

これからも河童情報を集めていきたい。

追悼 水木しげる先生

f:id:libra-edit:20160815223428j:plain

 

柳田国男が「妖怪は零落した神である」と言ったように、

人間の「お願い」を聞いてくれるような、良い神様だけでは決してなく、
人間なんかお構いなしにそこに存在していて、個性豊かで、理不尽で、
お前らの都合になんか振り回されるものかと、勝手に出てくるのが妖怪で
その毒をもって、世界は人間のものではないのだと
お前ら何勘違いしてんだよと、人間の無力さに気づかせてくれる存在は絶対必要だと思う。
 


「幽霊」が、亡くなった一個人であり、個人的な恨みによって人に取り憑いたりするのは、人間のエゴであって、人間の範疇を越えていない。
妖怪は格が違う。やはり妖怪は神。
日本人が日本人らしく(謙虚で勤勉で)いられるのは、見えないものを恐れるから。妖怪のおかげではないか。
水木先生が亡くなって、もちろんとても悲しいけれど、
それ以上に心にぽっかり穴が空いたというか、不安や心細さを感じているのは、
日本から妖怪がいなくなってしまったらどうしよう、と思うからだ。
素晴らしい、日本が誇る、妖怪文化が、どうか無くなりませんよう。
愛すべきキャラクターの姿に変えて、私たちに妖怪の存在を教えてくれた水木先生。
思い返せば、鳥山石燕だったり、柳田国男だったり、その時代時代で、妖怪の存在を伝えてくれる「妖怪の使者」みたいな人は存在するのかもしれない。
今の子どもたちにとっての妖怪が、「妖怪ウォッチ」なのだとすると、水木先生に代わるのが、妖怪ウォッチということか。
水木先生は、後継者ができたから、安心してこの世を去ったのかな。
妖怪ウォッチをつくってるみなさん、頼みますよぉ。
ポケモン的商売の仕方を見ると、すごく不安だけど)

私は子どもの頃から妖怪が好きで、それは紛れもなく「ゲゲゲの鬼太郎」の影響で、
大人になってもまったく変わらずというかむしろエスカレートして
鬼太郎Tシャツ着て仕事して、鬼太郎エプロンつけて料理して、
妖怪検定受けて、Facebookのアイコンも鬼太郎で、妖怪本つくって。
あまりにも影響を受け過ぎていて、みんなが言ってる言葉だけど
「水木先生が死ぬなんて思わなかった」。なんでだろ。
あの世に取材に行かれたんですねとか、妖怪になられたんですねとか、
そんな風にまだ言えないほど悲しいけど、水木先生と同じ時代に生きられてよかったです。水木先生、ありがとうございました。

好きな妖怪ベスト5でも書いてみるか。
好きの基準は、まず想像してみることからはじまる。怖い、かわいい、かっこいいとか、なんでもいいので想像すること。

第5位 のっぺらぼう
(すれ違う人の顔がなかったら、シンプルに怖い。あるべきものがないことの怖さ)

第4位 すねこすり
(ふわーっとスネを何かがこすったような気がしたらすねこすりの仕業です。それだけ。会ったことある気がする)

第3位 サトリ
(人と話すとき、「この人私の心を読んでるんじゃないの」と思ったことは誰にでもあるはず。そんな心が生んだ妖怪。誰の前にも現れる)

第2位 がしゃどくろ
(超でっかい、屋根より高い骸骨を想像してみてください。歌川国芳の浮世絵がかっこよすぎる。進撃の巨人に通じますね)

第1位 牛鬼
(牛の頭に蜘蛛の体とか怖すぎる。それが海辺にいて、もぞもぞと蠢いているのです。怖いし最高)

ほんとはベスト50くらいまで書きたい。

マギー先生のこと

占い師のマギー先生が亡くなったと聞いたのは3月末だった。

でも、公式ブログもそのままだったので、なんとなくまだ、認めたくないような気持ちでいた。

 今日見たら、公式ブログにもご逝去の報が。嗚呼。

これまで取材した先生の中でも、とても印象深い先生だった。

「占い」についてではなくて、もっと、いろいろなことを教わったように思う。

先生のことを思い出して、書き留めてみる。

 

 

はじめて先生に取材した日。先生から指定されたお店が駅直結のイタリアンで、その日は大雨で、

「雨だったからちょうどよかったですね」と言ったら

「だから予約しておいたのよ」と。前々から天気予報を見て(占いによって?)、店を予約しておいてくれたのだった。それも、嫌みではなく、だいぶ年下である私に、(そういうものよ)と教えるように。自分の浅さを知ったし、大人の女性とは、頭がよく、気が利き、ウィットに富んだ人のことを言うのだと知った。

 

マギー先生は、そういう人でした。

 

「おみやげに」と、そして、「みんなには無いから内緒でね」と添えて、超おいしい、きっとどこかの有名なお店の、アールグレイティーの茶葉をくれました。私はコーヒー派だけど、この紅茶のおいしさには驚いた。とても幸せな味だった。

 

別の日には、チェリーの香りの、ロクシタンのハンドクリームをくれた。これも、つけるたびに幸せになれる香りだった。

 

プレゼントの選び方が、絶妙だと思った。小さな幸せをもたらしてくれるもの。

何気なく、「あいさつ」を交わすようにプレゼントを贈ること。

私も、そうでありたいと思って、時々(ほんと時々だけど)実践している。

 

マギー先生に取材をしたのは、

インクルージョンストーン」の特集。

私は、べつにパワーストーンが好きなわけではなくて、ローズクオーツもアクアマリンにもとくに惹かれないのだけど、虫入りとか、ガーデンとか、ルチルとか、中に何かを内包しているインクルージョンの石が、時が止まっている感じがとても好きで、「ガーデンクオーツなら、何時間でも見ていられます。その時々によって、深い森に見えたり、深海に見えたり、高層ビル群に見えたりするんです。そして、鳥が飛んだり、魚が泳いできたり、車や人ごみが見えたりするんです」と、とても感覚的な説明の仕方で、「好き」を表現したら、同意してくれて、何時間もインクルージョンの話をして、そして、自慢のコレクションを見せてくれた。超立派な、虫入りの琥珀。すばらしかった。

(なぜかよく覚えているのは、大きな窓のある先生のオフィスにそのとき夕日が差してきて、光が琥珀色だなーと思ったこと)

先生の琥珀は何十万円もするらしい。私も琥珀がほしくなって、そのあと、ミネラルショーで、小さな羽虫入りの琥珀を買ったのだった。1000円くらいで。今でも、ときどき、ペンダントトップにしてつけている。

 

あと、もうひとつ取材した。これは休刊前、最後の号だった。「日本の開運力」と題して、見えないものを信じる日本人独特の「開運」について、古代から現代までをなぞるように、その時代に根付いていた開運法を聞いたのだった。盟神探湯(くがたち)、とか方違えとか夢解き人とか、はじめて知ることばかりだった。先生は、とても、歴史や風俗、宗教に造詣が深く、そういう意味では、単に「スピリチュアル不思議系」な先生とは一線を画していて、

かといって、完全に学問としているわけでもなくて、そこに「心」があって、女性らしく、やっぱりそれは、「占い」で、さまざまな形で(たとえばAKBとコラボしたり)社会の中で、波にのりながら、地に足をつけていたように思う。

私の興味関心の好みにドンピシャで、そしてやわらかさと厳しさ(時おり、ぴりっとした空気にすることがある。たぶんわざと)のバランスがよいと思っていた。

 

自分もそうありたい、と思うということは、疑いようもなく憧れていたのだと思う。

 

休刊になったあと、編集部のみんなと先生でお昼を食べた。

神楽坂で。そのときのメニューは、10数品くらい、小さなおかずがワンプレートにのっていて、目にも鮮やかな、健康的なランチだった。先生と一緒のランチ女子会。最初で最後だった。

その帰り際、先生に「実は、やめることになりました」と、ひそひそと伝えたら、驚きつつ、応援の言葉をかけてくれた。そのとき、再会を約束した気がするけれど、そのまま、時が止まってしまった。

私の中で、先生は、元気なままでした。

マギー先生、ありがとうございました。